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大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)2182号 判決

控訴人

大阪市信用保証協会

右代表者理事

稲田芳郎

右訴訟代理人

竹西輝雄

右同

岡本宏

被控訴人

石本利男

右訴訟代理人

丸山英敏

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一〈証拠〉を総合すると、

(一)  被控訴人は石本メリヤス株式会社を設立し、その代表取締役としてメリヤス製品の製造販売業を営む。

(二)  昭和四七、八年頃被控訴人の三男である石本君夫は被控訴人方に同居し、右石本メリヤスの経営を手伝つていた。

(三)  昭和四八年九月被控訴人は脳溢血で倒れ自宅で病床に臥したため、意識はあつたけれども、その後の石本メリヤスの業務執行を石本君夫に一任し、同人がその経営に当たつていた。

(四)  同年一〇月九日被控訴人は右石本メリヤスが控訴人に信用保証を委託する際、石本メリヤスの控訴人に対する求償債務につき個人の連帯保証をしたが、これは右石本君夫が被控訴人の委任を受けその指示により同人の氏名を手書し、実印を押捺して行なつたものである。

(五)  昭和五〇年頃石本君夫は前示石本メリヤス株式会社の常務取締役に就任。

(六)  昭和五一年一〇月八日石本君夫は石本メリヤスの原材料の仕入先である株式会社丸計の代表取締役星野計治から丸計が手形割引をするのに保証人がいる、迷惑をかけないからと頼まれ、以前にも一回右星野から同様の依頼を受け被控訴人に無断で被控訴人名義の連帯保証をなしたが保証人としての責任追及を受けずにすんだことから、今回も問題が起らないと考えて、被控訴人からは日頃石本メリヤス以外の保証はしないといわれていたので、いつても了解を得られないと思い無断で、会社(石本メリヤス)の金庫に保管していた被控訴人の実印を用いて控訴人あての保証委託契約書の連帯保証人欄に被控訴人の住所、氏名を手書し、右実印を冒捺した。なお、その際石本君夫はさきに妻一子に命じて被控訴人の印鑑登録カードを用いてとつておいた印鑑証明書を右保証委託契約書とともに前示星野に手交し、同人はこれを控訴人に提出した。

(七)  昭和五二年二月二一日前示星野が前記連帯保証の分がすんだので、新規のものが必要になつたといわれて前同様の方法で被控訴人に無断で前同様の保証委託契約につき被控訴人名義の連帯保証を作出した保証委託契約書とともに被控訴人の印鑑証明書を右星野に手交し、同人はこれを控訴人に提出した。

以上の各事実が認められ、他にこれを覆えすに足る証拠がない。

二石本君夫の代理権及び表見代理の検討

(一)  代理権存否の判断

前認定一の各事実を考え併せると、被控訴人は自己の三男石本君夫に石本メリヤス株式会社の業務執行ないし経営を包括委託していたことが認められるけれども、被控訴人個人が他に保証することにつきその代理権を石本君夫に付与していたとか、個人保証をする包括的代理権を付与して実印を預託していたという控訴人主張の事実はこれを認めることができず、本件全証拠によるもこれを認めるに足らない。

(二)  表見代理成否の判断

1  被控訴人は控訴人が本件連帯保証の被控訴人の記名押印を本人の自署押印によるものと信じたにすぎず、石本君夫の代理権限を誤信したものでないから民法一一〇条等の表見代理を適用ないし類推適用すべきでないと主張し、原判決もその旨を説示しているが、代理人が直接本人の名において権限外の連帯保証の書面を作成し、相手方がこれを本人が真正に作成したもので本人自身の連帯保証行為と信じたときは、そのように信じたことにつき正当な理由があるかぎり、民法一一〇条を類推適用して本人がその責に任ずべきものと解するのが相当である(最判昭和四四・一二・一九民集二三巻一二号二五三九頁、最判昭三九・九・一五民集一八巻七号一四三五頁参照)。したがつて、次に控訴人主張の民法一一〇条ないし同条と一一二条の重複適用の要件の存否につき、検討していく。

2 民法一一〇条の成立要件の一つとして本人が代理人に対し何らかの範囲の代理権、即ちいわゆる基本代理権を付与していることが必要であるところ、前認定一の各事実に照らすと石本君夫が本件連帯保証をなした昭和五一年一〇月八日、及び昭和五二年二月二一日当時被控訴人が石本君夫に自己が代表取締役をしている石本メリヤス株式会社の経営一切を包括委任していたことが認められるけれども、被控訴人個人の法律行為につき何らかの代理権を付与していたとの事実は認められないし、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

そして、石本メリヤス株式会社の法人格を否認すべき場合など特段の事情のない限り、株式会社のために職務を行なう代理権を付与されていても、その代表取締役個人に法律効果のおよぶような行為につき代理する権限を与えられていないときは、代表取締役個人に対する関係では基本代理権を有せず民法一一〇条の「代理人」にあたらないので、控訴人主張の民法一一〇条の主張は採用できない(最判昭三四・七・二四民集一三巻八号一一七六頁参照)。

3 民法一一〇条と一一二条の重複適用につき検討するに、前認定一(四)のとおり石本君夫は昭和四八年一〇月九日被控訴人からの委任により石本メリヤス株式会社が控訴人に対し信用保証を委託する際、石本メリヤスの控訴人に対する求償債務につき被控訴人が個人保証をする行為の代理権を授与され署名代理の方法により代理したが、この代理権は右委任事務の終了と共に消滅したものというべきところ(民法一一一条二項)、石本君夫は前認定一(六)(七)のとおり昭和五一年一〇月八日及び昭和五二年二月二一日の二回に亘り株式会社丸計の代表取締役星野計治からの依頼で同会社の控訴人に対する求償債務につき代理権を有しないのにかかわらず、被控訴人を代理して被控訴人名義の個人保証(連帯保証)をしたものであり、民法一一〇条、一一二条の重複適用の余地があるから、次に控訴人に本件連帯保証に関する石本君夫に代理権ありと信ずべき正当理由があるか否かにつき判断する。

民法一一二条と民法一一〇条の複合適用の場合、相手方は従前の代理権の存在を知り、かつ滅権後の越権代理行為につき代理権限ありと信ずべきこと、即ち代理権の存続と権限の範囲の誤信につき正当理由を有することが必要であり、前示本人誤信ないし連帯保証書の真正誤信につき民法一一〇条、一一二条を類推適用する場合にも右に準じた権限の存続ないし権限内の誤信を要すると解すべきところ、前示のとおり本件において基本代理権となるべき消滅前の代理権は被控訴人自身が代表取締役をしている石本メリヤス株式会社の債務を個人保証(連帯保証)するものであり、一般に中小会社においてはこのようにその代表者が金融機関に対して会社債務の個人保証をすることは日常の銀行取引上屡々見受けられるところであるけれども、このような個人保証をする権限と本件連帯保証のように第三者である取引先(仕入先)会社の債務を個人保証(連帯保証)する権限とは全く異質のものであり、必ずしも両者の権限が一致するものではなく、その関連性はかなり遠いものといわねばならない。

しかも、一般人と異なり控訴人のような信用保証を専門的に行なう金融関連機関が信用保証の求償債務につき、第三者が保証する場合においては、その保証が本件のように主債務者本人である株式会社丸計(仕入先会社)の代表取締役自身によつて保証書、印鑑証明書を持参してなされるときは、金融関連機関である控訴人としては保証人であるべき被控訴人に照会するなどして、真実保証を承諾したかどうかを確認するのが取引の通念上相当であるから、これをなさず漫然と真正な権限に基づくものと軽信した場合には、他に右権限の存在を信頼するに足る特段の事情がない限り、その権限ありと信ずべき正当の理由があるとはいえない(最判昭三六・一一・二一裁判集民事五六号一八五頁、最判昭四五・一二・一五民集二四巻一三号二〇八一頁参照)。そして、前示のとおり控訴人は被控訴人が代表取締役をしている石本メリヤス株式会社の個人保証をしたことがあることから、これと異質の第三者である株式会社丸計の個人保証の権限を軽信したにすぎないものであつて、控訴人において本件連帯保証が正当な権限に基づきなされたものと信頼するに足る前示特段の事情があるとはいえないし、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

三結論

以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものである。よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は結論において相当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(村上博巳 吉川義春 藤井一男)

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